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アルフレッド・テニソンとは

   ↑  2010/07/26 (月)  カテゴリー: 外国人
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初代テニスン男爵アルフレッド・テニスン
(Alfred Tennyson, 1st Baron Tennyson, 1809年8月6日~1892年10月6日)
ヴィクトリア朝時代のイギリス詩人。美しい措辞と韻律を持ち、日本でも多くのファンがいる。

イギリス・リンカンシャー州サマズビーに牧師の子として生まれる。

1831年までケンブリッジ大学で学び、1827年兄のチャールズやフレデリクとともに、
詩集『Poems by Two Brothers』を出版。
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1830年、単独の詩集『Poems Chiefly Lyrical』を出版。

次いで1833年『シャロットの妖姫 The Lady of Shalott』を発表したが酷評され、
それ以来10年間沈黙する大きな原因となる。

1832年に学友だったハラム(Arthur Henry Hallam)と大陸を旅行するが、
その翌年に学友のハラムが急死してしまい、それに強い衝撃を受けたテニスンは、
彼を弔う長詩『イン・メモリアム』In Memoriam A.H.H.を書き始め、
十数年にわたる自己の思想の成長をも織りこんで1849年に完成させた。

この『イン・メモリアム』は、友人の死と進化論によって揺れ動く信仰をうたった詩で、
序詩は「つよき神の子、朽ちぬ愛よ」として讃美歌275番に収録されてた。

1842年『Poems by Alfred Tennyson』で名をなし1845年に年金を授与。

1847年に叙事詩『The Princess』を発表し、
1850年ウィリアム・ワーズワースの後継者として桂冠詩人となった。
そして、この年に結婚している。

1855年『Maud』、1859~64年にかけてアーサー王伝説に取材した、
『国王牧歌』や、哀れな水夫の物語詩『イノック・アーデン Enoch Arden』(1864年)、
『Locksley Hall Sixty Years After』(1886年)を発表し、1884年にはテニスン男爵に叙せられた。

1889年の短詩『砂州を越えてCrossing the Bar』は辞世の歌として名高い。

1892年に死去し、ウェストミンスター寺院に埋葬された。
テニスンの葬式では愛唱した讃美歌、「聖なる、聖なる、聖なるかな」が歌われた。

次男ハラム(後の第2代オーストラリア総督)が爵位を継いだ。
現在、テニスン男爵の爵位は6代目のデヴィッド・テニスン(1960年生まれ)が継承している。
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